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2019.4.28 日
日本社会の稚拙さ誤解、呪術的且つ原始的で一人の人間、そして一つの技術というものを平気で破壊する悲惨な事実というものがあります。
2019.4.23 火
フリードリヒ・ニーチェ(一八四四~一九〇〇)──ドイツの哲学者。牧師の息子として生まれ、最初は文献学を研究したが、その後、独自の思想を発表するようになった。これまでの哲学のもっとも根本的な転覆者である。主著に『悲劇の誕生』『ツァラトゥストラかく語りき』『善悪の彼岸』『人間的なあまりに人間的な』『この人を見よ』『力への意志』など。 小阪修平. そうだったのか現代思想 ニーチェからフーコーまで (講談社+α文庫) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.107-110). Kindle 版.  私個人としてはニーチェが嫌いです。読んでいてあまり気持ちのよい物書きではないし、正直言って彼の極端な上昇志向が好きになれませんでした。しかしながら彼の書いたことには現代にとって重...
2019.4.22 月
ものの考え方とその尺度というものがその時代その時代特有のものがやはりあって、そしてその時代その時代でその方法論に関して疑いなく信じられてきたといういうことが人間の歴史であり、それらのある種の集積みたいなものが我々の現在の生活そのものであるという風に考えてよいと思っています。意味不明な専門性と振り回しているという空振り理論や空振り学問ではなく、かなり我々の生活にコミットしているというのが哲学の歴史です。  大雑把にいってしまうと古代のギリシャ哲学からはじまり近代に至るまでの間、哲学というのはそれほど複雑奇っ怪なものではありませんでした。単純に残っている書物が少ないというのもあり、地域自体も豊かな土地、または豊かな時代に限定されていて非常にシンプル且つ直線的な捉え方である程度は理解できるといっ...
2019.4.20 土
デリダによる脱構築が日本に輸入されてすでに久しいわけですが、団塊の世代のおじさん達が酒を飲んだら口にするというような言葉が日本にとっての「脱構築」だったわけではなく、実際はかなりの現実性をもって世界に浸透しているということです。相対化と個別化が現実化したわけです。その反対語としてあった、つまり相対化と個別化が成立して以来、それ以前の時代を指すときに使う言葉が絶対化と全体化になります。我々が普段生活の中でその価値基準としてそれぞれ個別の価値観が保証されています。それは宗教の自由であったり基本的人権の尊重であったり、またもやここの習慣や好みなど自由に選択ができるというわけです。それらの価値はお互いに干渉することなく弱い影響力を持ちながら保持することができる。それが個別化です。それとは反対に中世...
2019.4.17 水
類まれな阿呆は時折出会うことになる。阿呆はその中身がどうあれ外見とその振る舞いで殆ど決定づけられる。無意味に笑う。姿勢が悪い。話が終わらないうちに頷く。声が上ずっている。落ち着きがない。いろいろな要素でその人間の阿呆さの印象が決まる。その後その印象を拭い去ることはなかなか難しい。しかし実際にはいわゆる高等教育を受け学力レベルが非常に高いにもかかわらず阿呆である人間が数多くいる。阿呆の根本要素は非常なる不安である。  不安な人間の言動はその不安さという状態よりもむしろ自己の保身と保護を目的としたその手段があまりにも早急なために安易であることが多い。不安の中で熟考できることが少ないため、時短且つ安易に問題対処法が考案され実行される。否、実行されるのであればまだマシな方で阿呆の典型はその実行を他...
2019.4.15 月
日本人は非常に優れた民族ではあると思うのですが、部分的に非常に後進国。信じられないかもしれないがある部分では非常に呪術的である部分ではイスラム教徒の過激派以上に信心深い。そして非常に格差がある社会に生きています。ある部分ではおそろしく見識が低い。ある意味で危険なことを知らないというのは逆に非常に危険なことだと思うわけです。つまりそれが無教養。 麻薬の区別がつかない  一般的な日本人は麻薬の区別がつきません。私からするとウィスキーと焼酎と日本酒とワインと消毒用のアルコールの区別がついていないような感覚で非常に滑稽です。是非麻薬についてきちんとした理解をしておきましょう。 焼酎やウィスキーなどの蒸留酒は強いわりには二日酔いになりづらい。日本酒やワインなどの醸造酒はお酒の中でも非常に深く(しつこ...
2019.4.13 土
エドワード・W・サイードは「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である」と言っている。彼はパレスチナ人であると共に現実問題として実に危険な政治的空間で物申している人物である。サイードに言わせてみれば誰の発言もその権力社会に属し忖度した発言にしかならない。また発言にある通り、知識人としての表現者は専門家であってはならず極めて素人でなくてはいけないというのである。 素人であることは非常に困難だ。むしろ素人(アマチュア)であることは不可能に近い。なせなら我々には生活というものがあり少なくとも経済的な独立をしなければ自由が獲得できないからである。にもかかわらず素人であることを主張するとしたら、彼のバックボーンが自ずと語ってい...
2019.4.11 木
「あなたにもできる、たったの10日間で1万円を100万円にする方法」というようなコピーライトの書籍などが平積みになっているのが日本の書店の不思議なところだ。海外ではそのような書店のあり方は極稀である。特にヨーロッパではハリーポッターが山積みになっているだけで、投資目的の本が一般化されることは非常に少ない。日本にはフォレスト出版やサンマーク出版など実用書や自己啓発本と呼ばれているコンテンツを売りにする特異な出版社が存在する。およそ内容的には週刊誌のゴシップに類似した感触があるが、それでも電車のつり革広告や八重洲ブックセンター(首都圏の書籍の売上を反映しているといわれいる東京八重洲口にある大きな書店)での喧伝などでみすず書房などに比較して膨大な売上である。一方本当の意味で役にたつ書籍を扱う出版...