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2019.4.27 土
キチガイと正常の区別の歴史はフーコーの「狂気の歴史」の中に詳細にかかれているが、モイザーにいわせるとBewusstsein(意識)ということだったわけで、表現とはいつの時代でもどこまで意識的に表現できるかといういわば「表現=意識」の世界であるということなわけです。反対に知的障害とは意識の薄さ、つまり身体が意識的にではなく自動的に活動をはじめるということに他ならない。その意識の深さと広さ、意識できる範囲、つまり神経系の支配権を得るのが西洋的な知性と正常さということになるわけです。狂気とは意識のレベルが低いことである。アンドレ・ブルトンはフロイトのいう無意識の領域(人間の意識の殆どを占める無意識の部分)に注目しそれを逆に表現に利用しようと画策する。それがシュールレアリズムという技法であり派閥だ...
2019.4.6 土
「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。 –146節」 Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird. Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.  ニーチェが非常にラディカルな哲学者であるという誤謬がある。彼の哲学は革命的ではあったが文学的ではない。私自身は、彼は遠くから事物を見つめる観察者であり傍観者であると思っている。遠くから傍観し辛辣な言葉を発すること自体に違...